ナホミオカダ造形表現研究所の歩み その3 


ナホミオカダ造形表現研究所の歩み その3

のがたモザイク工房物件との出会い

2010年暮れのある日、野方で、偶然物件と出会いました。その時は、教室を借りる予定でありませんでした。第一印象は良くないし、まず関心を持たなかった外観。しかし、どうしたことか、流れるように契約をし、翌年3月の入居となりました。

小さなモザイク工房、「のがたモザイク工房」を立ち上げました。工房のネーミングには、教室の生徒様からアイデアをいただき、親しみやすい名前に決定いたしました。

工房入居は、震災直後の3月20日。自宅から、新しく借りた工房へ、急がず工房内容の引っ越しをしていた頃、TV取材がありました。日テレ「ぶらり途中下車の旅」。工房にはまだインターネット環境が整っていなかったため、自宅で事務仕事をしていました。「早く工房へ行かなくちゃ」、パソコンに向かっていたら、ピンポンが鳴りました。とても驚きました。

番組を見たというお客様に、日本各地からお越しいただきました。TVでの紹介は、のがたモザイク工房、オカダナホミのモザイクスタイルが、全国の皆様にも共感していただけるものだという手応えを感じる出来事で、新たな刺激になりました。

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〜2014年から次の10年へ

せっかく立ち上げたモザイク工房でしたが、契約満了の3年後、更新は見送りました。偶然出会った場所でもあり、入居当初から、この場では長くて一度の更新、6年、短ければ更新なし、このようなタイミングは自分の中では見えていました。実際、3年後の更新時、大家さんの都合もあり、円満に契約を見送りました。それまでの人生観から、予想外に円滑に流れる事項というものは、その時の自分の学びでもある。偶然巡り合った物件での必然は、3年という区切りだったのでしょう、その通りになりました。

 

物件解約に伴い、工房スペースは、再び、自宅環境に戻ります。同時に、2013年5月、12年にわたりご愛顧いただいたモザイク教室一旦留まる決断をいたしました。モザイク受注のお仕事を次第にいただけるようになり、制作に集中する時期でした。

 

モザイク教室の休止

モザイク教室は、移転に伴い、閉じることを決めました。自宅には、充分な活動スペースはありませんでした。また、激変する世の中に、教室のスタイルを見直す時期でもありました。振り返れば、イタリア留学を夢見た20代半ばからそれまで、ただひたすら前へ歩みを進めてきました。歩みをゆるめ、初心に戻り、新たな気持ちでモザイクのステップを登ることを決め、教室授業を休止を決めました。

教室事業は、日本各地のお客様との出会いがありました。造形畑出身にありがちな、己の世界の視点が、広く外へ開けました。けれども、お客様一人一人の思いを、限られた教室の中で向き合うことに、限界を感じ始めておりました。岡田七歩美本来のクリエィティブな活動、自分自身の源に向かい合う時間が必要でした。

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2010年~2019年

2000年からの10年間に、世界は変りました。インターネットを使い、あらゆる情報が入手できるようになり、人は、たいていの事ならまず容易に体験できるようになりました。情報の洪水の中で、人間が見落としてきたもの、新しい旅を始める時間。

ナホミオカダ造形表現研究所は、理念「美は人間の生活を豊かにする」を大切に、原点を見つめ直しています。未知なるものへの挑戦、アートはいつも人間を刺激する起爆剤です。

2014年~2017年の変化

建築の世界へ、モザイクアートの可能性を求め、案件と向き合いました。教室を閉じた時間に、新しい分野へ自分を押し広げました。モザイクと並び、岡田七歩美の中で大きな関心のあった、アートセラピーの分野へ。自分を追い進めるために、勉強を始めました。