追悼高畑氏、赤毛のアン「きこえるかしら」は原風景


きこえるかしら 岸田衿子作詞・三善晃作曲

 

数少ない心の底から響き出す天才。

高畑勲氏の訃報

 

かぐや姫の物語

2013年、父と、甥たちと観に行ったことが思い出されます。

私は、当時日曜夜の定番、カルピスがスポンサーだったTVアニメシリーズ ”世界名作劇場” を見て育った世代です。

その時間がくるのを、子ども心に楽しみにしていたものでした。

テレビ番組の時間を楽しみに待つ。

ビデオが普及していない時代、こうした価値が存在していた昭和の家庭風景です。

 

1972 ムーミン(カルピスまんが劇場)

1974 アルプスの少女ハイジ(〃)

1975 フランダースの犬(カルピスこども劇場)

1976 母をたずねて三千里(〃)

1977 あらいぐまラスカル(〃)

1979 赤毛のアン(世界名作劇場)

1980 トム・ソーヤの冒険(〃)

 

このあたりが記憶に残る作品群です。

(制作年とスポンサー名は、各ネット情報による)

貧しい少年が苦労して絵を描く物語、フランダースの犬、そして、

ハイジのおばあさんの白パンや、とろけるチーズの画面は、みんな、大好きでしたね。
見るだけで食べたくなる暖炉で暖められたチーズ。

アニメの世界であの描写力は、画期的でした。

 

赤毛のアン オープニングテーマ:きこえるかしら 岸田衿子作詞・三善晃作曲

 

飛び抜けて夢中・世界名作劇場「赤毛のアン」

「赤毛のアン」シリーズは、飛び抜けて記憶に残っています。

 

草原とか、リンゴのなる丘とか。

田舎経験が無く成長した私は、アンに描き出された世界感に、目を奪われ、夢を見ました。

オープニング曲の「きこえるかしら」では、

りんご畑を馬車で駆け抜ける少女アンの画面構成と、流れるような独特の美しい音色に、幼心に胸がワクワク輝いたものでした。

それまでの子ども向けアニメでは経験したことのない美しさ、そこには、「美の世界」が描き出されていました。

音楽には疎い環境で育った私の心をも、しっかりと捉えた”感覚的な”イメージ。

原風景として、強烈に幼な心に焼き付けられた一枚です。

 

後年、音楽は、三善晃という作曲家によることを知り、CDを購入しています。
CDの解説書には、高畑氏が現代音楽作曲家の三善氏と出会い、赤毛のアンの主題曲を作り出す物語が綴られています。

 

”TVアニメに爽やかな新風を吹き込んだ主題歌の誕生の瞬間を、いまも私にしっかりと実感させてくれる。”

”仕上がった二つの主題歌は、確かにTVアニメには例の無い充実した音の密度と拡がりで聞くものを圧倒していた”

高畑勲 「赤毛のアン」、音楽の思い出より

 

詩と音楽 きこるかしら

 

幸いに現代は、You Tubeがあり、気軽にアニメ作品等を回想できる時代です。
今見返しても、心が弾みます。

スタジオジブリ初期作品は、TVアニメに興味が薄れて来ていたので、あまり多くの作品を観ていません。戦闘イメージのあるモノは、あまり興味がなかった。

高畑氏の「赤毛のアン」が、原作の作品性も含め、大きな位置を占める芸術的経験なのです。

 

村岡花子翻訳 赤毛のアンシリーズ

は、読書の苦手だった私が、初めて読破した小説シリーズです。言葉の力で、目の前にイメージが広がる世界で、読めたのですね。

この点も、大人になって、翻訳者の力を知って行きました。

 

高畑勲展 想像する気持ちを呼び覚ますもの

 

凡人には想像を絶する多忙、天才としての行動力と熟考。私たちの心に素晴らしい「美」の風景を描き出してくださった高畑勲氏に、ありがとうと心を深く重ねます。

 

マルコの世界 小田部洋一と『母をたずねて三千里』展 2016年12月 イタリア文化会館

九段下のイタリア文化会館で、高畑氏のトークイベントがあり、参加しました。貴重な時間でした。

「マルコの世界 小田部洋一と『母をたずねて三千里』展」

 

ローマの新聞 高畑氏追悼

sono triste veramente, abbiamo perso un gran talent Isao Takahata che non ci sono molti.

イタリア・ローマの主要な新聞、WEB版ラ・プッブリカのシネマ欄2018/4/6では、高畑勲氏訃報が取り上げられ、氏の業績を遡り、紹介しています。

 

赤毛のアン エンディングテーマ:さめないゆめ

まとめ

赤毛のアンのエンディング曲『さめない夢』の凄さと魅力

 

その中でも光彩を放っていたのが作曲家の三善晃氏で、そのオープニングとエンディング曲はまさに「子供向けだからこそ本当にいいものを」という思いの詰まった名曲でした。

昭和のごく一般的な社宅住まいのサラリーマン家庭に育った私の心に、キラキラパウダーをふりかけたような、何か未知の感動 を釘打った名作の陰に、天才たちの作品に込める情熱が詰まっていたことを、今新たに学び知り、心の中で、小さな感動の点が、静かに、池の波紋が広がるように、静かに永遠に、私の感動線を深めるのでした。

 

私も、こうした、作品作りができるよう、日々、さらに、精進して参ります。