アクイレイア再訪〜2018その1〜Aquileia


Aquileia, Museo Paleocristiano 初期キリスト教博物館

アクイレイア 初期キリスト教博物館
il Museo Paleocristiano di Monastero

私は、目で感じたものや、耳で聴いた音を、感覚として捉えるタイプの人間である。書物から得た言語を知識軸に収める機能や、そのために必要な単語を記憶する能力が、著しく欠けていると思う。

欠けているのか。あるいは、それが、訓練されなかったためか。人生半ばを超えた今さら、後悔しても補正しようがないグレーゾーンである。

心は、魂は、”それ”に触れることを第一に望み、私は、各地を歩き、見てきた。

Aquileia, Museo Paleocristiano

 

20年、正確には、22年ぶりに、北イタリアの小都市アクイレイアを訪ねた。

かつて、ラヴェンナ留学時代、おぼつかないイタリア語世界の中で、たどり着いた床モザイクの世界。手元には、当時一眼レフに納めた写真と、教会で買い求めた1冊の本が残された。私の中でアクイレイアの世界は、一方的な解釈として、22年の間、増殖していった。

かつては地中海の船乗りたちがいきかった港町”であり、”そこには我々が知るもっとも古い、四世紀初めの教会堂の遺構と床モザイク装飾が残っている。

アクイレイアの描写には、研究者、名取四郎氏の言葉を借りご紹介したい。(下記文献より引用)

”現在の十一世紀初頭のアクイレイアの大聖堂の地下には、発掘により極めて保存状態のよい1500平米の床モザイク装飾がでてきた。”(下記文献より参照)

Aquileia, Museo Paleocristiano

 

22年ぶりにアクイレイアに戻りショックだったこと、それは、モザイクのテッセラの大きさだ。

テッセラ・tesseraとは、モザイクを形成する一つ一つの破片をさす。

大きい!

昔撮影した写真には、スケールを並べて撮影したもあるから、サイズ感は捉えていたような ”気” がしていたが。

Aquileia, Museo Paleocristiano
Aquileia, Museo Paleocristiano

ザクザクと、1〜2.5センチ角に割られた大理石テッセラの大きさに、真っ先に驚いた。モザイクの巡礼は、”過去の人間の精神の営みを巡る旅

でもある。”それは単なる空間の旅ではなく、現在から過去へ、またある場合には過去から現在へと、時間の旅ともなるであろう。”(下記文献より引用)

Aquileia, Museo Paleocristiano

記憶とは、曖昧で、自分都合なものであろうか。細密なモザイク表現より、親しみを感じるのは、素朴な雰囲気の残るモザイク感ではあったが、こうした感覚でさえ、遺跡を目の当たりにして、造形的感性が瞬く間に更新される。自分の目で、五感で、心で、物事を捉え直す必要がある。知識でも、情報でもなく、その場へたどり着くこと。その世界へ、足を踏み入れること。

Aquileia, Museo Paleocristiano

 

世界の豊かさを唄ったものとキリスト教の萌芽との間に揺れ動く、モザイク職人の自由な造形性。旅の再来は、22年の空白を修正する。

こうした異教(ヘレニズム)世界とキリスト教世界のためらいがちな揺れ”(下記文献より引用)

 

Aquileia, Museo Paleocristiano 初期キリスト教博物館

 

目で追って、必死に作ろうとしたモザイクは、私の時間の中で緩やかに昇華され、再確認を繰り返しながら、そして、また、次の歩みの光をもたらす対象である。モザイクの旅は、人間の精神の営みに向き合う巡礼であると言えるであろう。心が伴わないモザイクは、貧しい。

アクイレイアwiki (アクイレイアの遺跡地域と総大司教座聖堂のバジリカ

参考図書 「地中海都市気候」古代キリスト教美術を訪ねて 名取四郎 岩波書店 2005

「キリスト教美術の源流を訪ねて」1 イタリア編 名取四郎 教文館 2006