“習う”や、”教える”についての回想

コラージュアート作品 おかだなほみ2010年


学校のモザイク仕事
ご相談が続いておりますので、”習う”や、”教える”について、回想してみます。

モザイク教室を始めたきっかけは、帰国後に立ち上げたHPより、「モザイクを習いたい」という、お客様の問い合わせでした。

美術の本質について知りたいという欲求が、強かったので、いつしか留学の夢を抱いていました。イタリアルネサンスの本場へ渡るまで、闇雲にがんばりました、それ以外の事には、あまり興味がなかったようです。教職も履修しませんでした。その時間があるなら、もっと、美術の勉強をしたかったのです。(一時期がんばりすぎたので、そのための副作用もありましたが、そのうちに、触れましょう。)

小さい頃に、学校外で絵を習ったことはありません。あ!
受験期に少しテクニカル面を習いました。

習い事は、その時代の定番、そろばんと書道、どちらも好きでしたね。幼稚園の頃、当時最先端のエレクトーン教室に通いましたが、左手と右手が別々に動かないので、直ぐにあきらめました。

少人数のモザイク教室から、広く、一般のお客様へ、”教える” 世界が開かれたのは、世田谷美術館の仕事でした。クリスマスに2、30名規模のワークショップを担当し、2010年には、夏のオープンワークショップ、「コラージュ・フレーム」というタイトルで、一週間に250名近いお客様と接する機会に恵まれました。その時、大勢の子どもたちと創作を楽しみました。

こうして、少しづつ、”教える” の経験を積ませてもらいました。ワークショップは、皆様の協力を得ながら、できる範囲で対応させて頂いております。

教授法は習わなかったけれども、教わるのは上手だったと思います。人より理解が遅い分、わかるまで何度も聞いたり。そういうしつこさは持っていました。幼稚園年中の時に、工作の時間で、教え方が通り一遍の先生が居て、「この先生、センスないなぁ」と思ったのが、造形感覚を初めて抱いた記憶です。

”教える”は、習わなかった、でも、”教わる”が得意だったようです。

今では当たり前となった”ワークショップ”という言葉には、イタリア留学時代に出会いました。モザイクの学校から、作家の工房や、モザイクの現場実習を行う野外の活動でした。楽しい経験でした。

単体の作品制作も、当然、やりがいのある仕事ですが、

人と接しながら、新しい世界(作品)をクリエイトする行為は、創造的です。多くの人の手を経て育まれる造形活動には、一人仕事にはない、未知数のクリエイティブを感じます。

”教える”、”教わる”、”習う”、”楽しむ”。それぞれ、目的に沿って、使い分けるのが、プロの世界だと思います。造形とは、自由に自己表現するだけの世界ではなく、広大な創造性を秘める扉です。

モザイクの概念は、幅広く、それを応用したワークが、TV番組は中断されてしまいましたが、Eテレの仕事でした。「美は人間の生活を豊かにする」というナホミオカダ造形表現研究所の理念に基づき、いつも新鮮な気持ちで、クリエイティブに向き合いたい。明日は、横浜へ打ち合わせです。どうぞ、応援してくださいね!

 

写真は、2010年の、夏のオープンワークショップ模様から。参加者が自由に、夏の思い出として、コラージュ・フレームを作りました。

 

夏のオープンワークショップ 宮本三郎記念美術館 2010年
夏のオープンワークショップ 宮本三郎記念美術館 2010年

 

夏のオープンワークショップ 宮本三郎記念美術館 2010年
夏のオープンワークショップ 宮本三郎記念美術館 2010年

 

コラージュアート おかだなほみ2010
コラージュ作品 岡田七歩美2010