オスティア アンティーカn.1 2006


イタリア・スペイン・ポストガル
〜モザイクとタイルを巡る旅2006〜
ローマ・オスティア アンティーカ遺跡(Ostia Antica)

毎日冬日、時折顔を出すお天道様がありがたいですね。
ラヴェンナ留学中は、11月〜3月まで霧深く、冬でも太陽が照り輝く東京とは大違い。このところ、ボォっと霧に包まれた北イタリアの景色を思い出すような寒さが続いています。

まもなくモザイク教室のお客様がローマ旅行に出かけられ、オスティア アンティーカ遺跡にも行く予定があると聞きました。

オスティア アンティーカ(Ostia Antica)遺跡とは、テヴェレ河口の港街古代遺跡。ローマの玄関口、フィウミチーノ空港からは直ぐですが、公共の交通機関を利用する場合、遺跡に行くには、一旦ローマまで出てからアクセスした方が便利なようです。(直行しようとして、散々な目にあった経験則から)

オスティアの街そのものをオスティアと呼ぶので、遺跡に行く道を尋ねるには、スカーヴィ(scavi)と表現する必要があるみたい。でも今は、きっと、そんな必要もないですね。スマホあるから。

 

オスティア アンティーカ遺跡入り口

 

オスティア アンティーカ 撮影Nahomi Okada 2006

 

2006年ローマ・オスティア アンティーカの旅

さほど遠くない時に、オスティアを訪れたような思いでしたが、写真を振り返ると、2006年でした。

あの時、私は、イタリアとドイツ・ベルリンの留学から帰国後5年経過し、自分の中のモザイクが、イタリアが。
東京の日々の暮らしに飲み込まれて、抽象化してしまったような時間でした。

身体の歯車がどこか、目には見えない所から一つ、そして一つと、崩れ始めたような状態。手にも心にも、体にまとわりつくようなドロッとした領域、ストレスと呼ぶようなヴェールに足をズッポリとひっぱらている。ある時私は、一ヶ月、それを振り払うように無理やり航空券を手配し、モザイクとタイルを巡る旅に出発した。

 

午後便のアリタリア成田空港景色 定刻遅れを待つ2006年

 

初めてのデジカメを携帯した旅で嬉しくて、いろいろ撮っていた。機内食がJALなので、アリタリアとの共同運行便だったのだろうか。

旅の皮切りが、ローマ、オスティア アンティーカ。
2006年7月18日、成田を定刻より遅れて出発し、ローマ、フィウミチーノ空港に到着したのは、21時頃だったでしょう。夏のローマの日差しはまだ明るいとはいえ、気持ちは超不安。空港のタクシー乗り場に待つ白タクを追い払いながら、ようやく、イエローのタクシーを捕まえたときには日が暮れかけて、オスティアの街に予約したB&Bへ、車を走らせてくれるよう頼もうとした時に、日本に、予約先のB&Bの連絡先を忘れたことに気が付いた。そんなハプニングがその旅の始まり。

 

それでもたどり着けたオスティアのB&Bの朝

 

自然に包まれた質素なB&B

 

自然に包まれた質素なB&B 地面は小石を埋め込んだ手作りのモザイク風

 

オスティア アンティーカ遺跡について不勉強でも、その街の中へ足を踏み入れれば自然と向かい入れてくれる古代の大理石モザイクが残る景色。あれから12年、オスティアの街は様変わりしてしまったのだろうか。今、私の中のモザイクの旅を振り返ってみようと思う。デジカメの記録を振り返るだけでなく、そのころは欠けていた知識を少しは補ように。

オスティア アンティーカ モザイク 撮影Nahomi Okada 2006

 

 

オスティア アンティーカ  撮影Nahomi Okada 2006