オスティア アンティーカn.2 2006


イタリア・スペイン・ポストガル
〜モザイクとタイルを巡る旅2006〜
ローマ・オスティア アンティーカ遺跡(Ostia Antica)

古代オスティア、

オスティア アンティーカn.1 2006 では、オスティア旅立ちのエピソードをご紹介しました。

暮れにオスティアを訪れたお客様が撮影した、遺跡の写真を見ると、2006年に撮影したモザイクより、モザイク全体がひどく苔むしていました。
オスティアのインスタグラムでは、冬期の間は春まで、大部分のモザイクは保護のために覆われていると情報が流れていました。写真をみて、保護の理由に納得しました。広大な屋外のモザイク遺跡を維持するのは大変なことですね。

ローマ市内からオスティア・アンティーカ駅は、地下鉄B線Pramideか、Maglianaでオスティア線に乗り換えます。30分位でしょうか。

ポンペイ遺跡ほどは知名度は高くないとはいえ、古代オスティアも、モザイクファンならば足を運びたいローマ近郊の遺跡ですね。ところが案外、古代オスティアについて触れた解説が少ないことに気がつきました。見所満載のローマ。仕方ない部分もあるのでしょう。

 

古代オスティアとは

”オスティアの町は伝説によれば、四代目の王アンクス・マルティウス(紀元前7世紀後半)によって建設された。当初の動機は、肉などの保存に必要な塩を生産する塩田(カンプス・サリナルーム)の確保であったと思われるが、やがて防衛拠点ともなった。”

”港町のにぎわいは次第に、北方に建設されたクラウディウス港やトラヤヌス港へと移り、終いに街は放棄され、ローマやピサに大量の石材を奪われ、砂に埋れた”とあります。参考:ローマ古代散歩 (とんぼの本) 1998 小森谷慶子・小森谷健二 新潮社

オスティアの街は、考古学的には紀元前4世紀初頭まで遡ることができる。紀元2世紀に最盛期を迎えた。wiki

 

紀元1〜3世紀ごろに、裕福な個人邸に浴場が設けられ、耐水性の高いモザイクが床にあしらわれ、古代オスティア遺跡では、当時の優れたモザイクシーンも楽しむことができるのです。

Le terme dei Cisiarii a Ostia antica チジアーリの浴場 モザイク部分 撮影:岡田七歩美2006

 

 

Le terme dei Cisiarii a Ostia antica チジアーリの浴場 モザイク部分 撮影:岡田七歩美2006

 

Le terme dei Cisiarii a Ostia antica チジアーリの浴場 モザイク部分 撮影:岡田七歩美2006

 

Le terme dei Cisiarii a Ostia antica チジアーリの浴場 モザイク部分 撮影:岡田七歩美2006