モザイクとタイルを巡る旅 2006旅


そうか「灯台下暗し」

 

て、いきなり。

目下、i Movei編集にハマる日々。

You Tubeで、

2006年に旅歩いた、バルセロナ・ガウディ旅行記を2件アップしました。

モザイクを巡る旅 グエル公園については、こちらのWEBにも1記事投稿していました。
古いHPよりコピペし、そのまま手付かずになっていた中途半端な記事でした。

反省して、内容を見直していると、

「そうか、私は、2006年時点で、モザイクと、タイル、双方の魅力について、模索していたのだ」こう、気づかされたのでした。

それは、ラヴェンナで伝統的なビザンティンモザイクを勉強した自分の、更なる成長の兆しか、迷いなのか。

 

サグラダファミリア屋根の上 バルセロナ・スペイン旅 おかだなほみ2006年

では、
2006年自分モザイク回帰イヤー

なのではないかしら!?

 

その年、2006年は、

*留学から戻って6年目。

ラヴェンナで学び、経験した、美しいモザイクへの思いが、激変した東京の日常の中で、いつしか抽象化してきてしまった頃でした。

帰国して6年ですが、

帰国前2年は、ベルリンで生活しているので、

イタリア忘却は、8年。
本場イタリアのモザイクの刺激を受ける機会少なく、生活に追われていたのです。

モザイク教室は、人気でした。
しかし、どこか消耗する気持ちも、高まっていました。

 

5年ぶりにヨーロッパ旅行に出かけるプランを決め、

イタリアシャワーを浴び、
長くその魅力を感じてきたガウディスタイル(トランカディス )のモザイクタイルアートを、この目で確かめてみようと、旅立ちました。

 

 

代官山モザイク展示

旅より戻った2006年12月、代官山パーソナルギャラリー地中海で、「旅」、スペインのかけら写真展を開いたので、当時の挨拶文を一部引用して見ます。

 

”2006年7月18日〜8月17日、私は、5年ぶりにヨーロッパへ出かけました。イタリア、スペイン、ポルトガル、モザイクとタイルを巡る旅。

ローマ帝国、ビザンティンの伝統的なモザイクから、ガウディを代表とする、自由で近代的なタイルのモザイク。

幾何学文様の世界、スペイン、アルハンブラ。

青や黄色が美しい、素朴な絵タイル、ポルトガルのアズレージョ。

かつてイタリアに魅せられたように、さらに西へ。

まだ見ぬ、世界に情景の思いを抱き、私は旅立ちました。”

 

 

 

イタリアでは、

ローマのヴァティカン美術館、
オスティア・アンティーカ、
ティーボリのエステ荘、ヴィッラ・アドリアーナ、
そしてもちろん、ラヴェンナ。

イタリア最後の日は、マッジョーレ湖に浮かぶ、ベッラ島を訪ね、順調なら、午後のフライトで、マルペンサからバルセロナ入りする予定でした。

 

2006年7月30日正午前 バルセロナ一枚目スナップ ホテル コロン バルセロナ ピカソの図

 

 

ミラノ〜バルセロナへのフライトはショーペロ(ストライキ)

2006年7月29日午後の事件

*ミラノの宿を朝早く出て、イタリア最後に立ち寄りたかったマッジョーレ湖に浮かぶ小島、ボッロメオ家夏の別荘、バロック庭園の傑作、ベッラ島(isola bella)に急ぐ。

午後のフライトを気にしながらグロッタ装飾のモザイクを堪能。
そして、あわててガッララーテ/Gallarate駅に戻る。

 

調べたところによれば、マルペンサに行くためにミラーノ中央駅に戻るより、ガッララーテ駅のほうがタクシーに乗っても、空港に近い。

この時はまた、その後に起こる、午後一時のバカンスが始まりかけのイタリアのローカル駅にはタクシーはいないという事実に遭遇していない。

 

初めてのバックパックと、初スペイン

*バックパックも、スペインも、ポルトガルも、生まれてはじめて。

イタリアにいた時は、当たり前に使えたキャッシュディスペンサーや、万が一、トラブルにあっても、言葉でなんとか解決することができました。

しかし、イタリアを離れる時が近づくと急に不安にかられたのです。

 

(どうしよう・どうしよう)

 

20日間、一人、未知の世界。ルートのない旅路が待っている。

「はじめてのスペイン語会話」なんて買ってみたものの、使ったことのない言葉なんて、口から飛びだすはずがない。

夕方バルセロナのフライト時刻が、確実に迫る、人気のないガッララーテ駅前。
焦る気持ちに、やっと姿を表したのは、彼女を助手席に乗せた、半分バカンスに入りたてのセミプライベート・タクシーでした。

私の後で、同じようにイライラしながらタクシーを待っていたアメリカ人さえも同乗させ、出発したのです。

 

私と、そのアメリカ人(私より後の順番だったっ)それぞれのフライト時間を確かめ、「君は、まだ大丈夫」と、私より先に、優先してアメリカ人をリナーテに送り届け、
次に、パニーニをかじる彼女を家に送り届け、

私はようやく、お金を払って、マルペンサに到着できました。

 

慌ててチェックインカウンターへ向かおうとすると、なんと、真夏の太陽に熱した空港は、ショーペロ、ストライキでごった返していたのです。

バルセロナでは、ミクシイのコミュニティで予約したシェアハウスから、ピックアップをお願いしていました。
当時まだ、携帯電話を持ち合わせていない私は、連絡を取るすべも無く、バルセロナについてから、予定を大幅に遅れ、宿へなんとかたどり着きました。

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これが、初バルセロナ入りのエピソードです。

言葉が通じない初めてのバルセロナで、不安だから、日本人が経営するシャアハウスに予約を取ったものの、
日本人カップルの私邸にお世話になるような雰囲気で、

正直な気持ち、具合の良い面ばかりでもありませんでしたが、言葉が通じるので、ありがたく思いました。

バルセロナ3日目に、グエル公園まで足を伸ばします。

ラ・ガンバ La Gamba マリスカル デザインの巨大エビ 撮影2006年

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イタリアとスペインは同じ文化?

*旅に出る前は、自分勝手に、イタリアとスペインは、同じラテン文化なのだから、街の様子は似ているだろうと予測していた。

バルセロナでは、イタリアとは明らかに違う、近代的なモザイクタイルの使い方に面白みを発見したし、カラフルで、面白い形の造形物も多く、洗練された街だった。

 

サグラダファミリア近くのレストラン ガウディスタイルのモザイク(トランカディス )を良く見かける。

 

しかし、バルセロナを後にして、スペイン中陸部へ移動するにつれ、ラテン国なのだからという先入観は、ガラガラと、音を立てて崩れていく。

バルセロナ、5泊、マドリッド、グラナダ、セビーリャ、コルドバ、そしてポルトガル、リスボンへ。

2006年、モザイクとタイルを巡る旅は続く。

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今日のまとめ

ダラダラまとまりなく、終わってしまいました。

モザイクアートが、なぜ、これほどまでに、私自身を魅了するのでしょうか?
時代とともに変化し発展するモザイク文化は、なぜ、今なお新しく、人の心を動かすのでしょう?

私は、

自分のきになる事項は、この目や、経験で確かめないと気が済まない性質なのです。

 

きっと、そんな自分自身と向かい合うために、神様が、私と、「モザイク」を、引き合わせてくださったのだと思います。

 

では、また、お目にかかりましょう。

言葉よりうんと、

動画が伝える領域は、広いね。

You Tubeも、これまで紹介仕切れなかった、モザイク経験の領域を、あたなに伝えてくれると思います。

 

どうぞ、よろしくお願いします!

おかだなほみ モザイクアート&モザイクタイル
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